スエミさんは、きばるの太陽

荒木スエミさん

からからと響き渡る高らかな笑い声。
スエミさんがいると、その場がパアっと明るくなります。

「私は百姓しか、しきらん(できない)から」と笑う荒木スエミさんは、御所浦(ごしょうら)島に住む、きばるの生産者。昭和20年、島隣りである天草市河浦町のタバコ農家に生まれました。御所浦島に嫁いですぐに引き継いだ甘夏栽培は、もうかれこれ50年になります。
当初は農協へ出荷していましたが、誘われてきばるの生産者となり、低農薬防除・有機肥料栽培の道に入りました。
時間を見つけては足繁くみかん山に通い、畑も耕しながら、家事に山仕事にと精を出すスエミさん。「冬は落ち葉を集めるのが私の仕事」と言ってかき集めた落ち葉を撒き、親身になって甘夏を育ててきました。嫁いですぐに植えた甘夏は、今でも現役。立派な成木になって、今年も元気に実を生らせています。

スエミさん園の苗木
スエミさんの園に甘夏の苗木が植えられていた。根本に落ち葉が撒いてある。

失敗も、悩みも、楽しかったことも、悔しかったことも、スエミさんにとってさまざまなことが、甘夏とともにあります。
「悩まなくなったらダメよね」と自身を振り返り、「お父さん(ご主人)に叱られるのよ。あの人は丁寧だから、私がパーってやると『こげんとじゃつまらん(ダメだ)』って言って」と笑う、スエミさん。毎年毎年を、そのときの精一杯で頑張ろうと前向きに取り組む姿勢は、太陽のようにキラキラ輝いています。

「やっぱり作る人はいいことをイメージしてね、作らないといけない。『作ったっちゃ売れんもんね』っていう下向きじゃなくて、やっぱり『おどんが(私たちの)みかんはうまかっばい』って、自身を持って作らんと。それは響くもんね。絶対伝わると思うよ」。
「料理も一緒ね。心込めて作れば、相手に伝わるもんね」。

長く続ける秘訣を問うと、「連帯すること」と教えてくれました。「5、6人はいつも連帯してね。周りにね、仲間がいるから頑張れるの」。

スエミさんが御所浦で過ごした時間は、水俣病の歴史とも重なります。近所の人たちが次々と水俣病に認定される中、さまざまな事情から認定申請をしない人たちのことも見てきました。
「全員救済というかたちにすれば、よかったのに・・・この島の人たちは、ほとんどの人が漁に関わっていて、魚を食べていたんだから。全員救済っていうことを、行政が、早くすればよかったのよ」。
スエミさんの言葉には、この島ならではの複雑さがあらわれています。

きばるの甘夏も、その歴史とともにありますが、どんなときにも前向きに、気張って作る。それが共通している思いです。
「あんたたちゃ、強かね~」と言って、近所の人が植えている甘夏にも声をかけるスエミさん。やはりこの人は、きばるにとっての『太陽』です。

御所浦の海を背景に、スエミさんと一枚。
御所浦の海を背景に、スエミさんと一枚。